2009年03月26日

町内会制度の終えん(11)


 回覧板の内容に、地域の小中学校の“学校だより”もあります。
 文化祭(学校祭)やクラブ活動の発表などの“お知らせ”までは違和感
は小さいまでも、学校側が町内会の回覧板を“お手軽に使っている”だけ
としか感じられません。
 もしこの地域に町内会制度が無くて“地域にそのことを知らせたい”と
考えた場合、先生やPTAが戸別にお知らせのパンフレットを配達するので
はないでしょうか?
 あるもの(制度)を使うことは“悪いこと”とは言い切れないまでも、
学校側の意識の低さを感じてしまうのです。
 この地区に引っ越してきて間もなくのこと、ちかくにある中学校の吹奏
楽部(だったと思う)が全国大会に出場することになり、「旅費などのカ
ンパをお願いしたい」とPTAのご婦人(多分、吹奏楽部後援会のお母さん)
が訪ねてきました。
 私は音楽をしている身で「それは素晴らしい!」と、たしか¥5.000を
カンパさせてもらったことがありました。それ以降同様の依頼は受けてい
ませんが、“おねだり”するときだけ戸別に訪問して、毎年学校で行われ
る「定期演奏会」の案内は回覧板に挟めて回すというのは、音楽をする資
質に欠けた行動であると断言します。
 そのような感性の環境で育つ子供たちがプロを志しても、成功はおぼつ
かないでしょう。「プロにするつもりはない」と教師や父母は言うかも知
れませんが、芸術には礼節が重要な要素であり、仮に趣味として続けるに
しても“情操”とか“社会性”も同時に身に着けることができないようで
あれば、趣味としては下等なものにしかなり得ないでしょう。
 私達芸術家(を志している)者は“身勝手な連中”と見られがちですが、
有名無名に関わらず・・・中には“ホントにヤバイ連中”もいることはた
しかながら・・・ほとんどの芸術家は礼節や常識を身に着けています。
 身に付けざるを得ないのです。たとえば、町内会のたった一人の役員の
一言(観想)で仕事が得られなくなったり、活動範囲を狭められたりする
のです。
 あるとき札幌市の職員から「北海道のギタリストは怠けている」とギター
の専門全国誌に記事を書かれたことがありました。上記の危機感が働き、
発言者が札幌市文化課の職員だったのですぐに本人や文化課に抗議をしま
したが、文化課も本人も謝罪どころか知らんぷりを決め込んで今日に至っ
ています。
 数年後にそのギター専門誌の当時の編集長から直接「記事の内容に目を
通せず申し訳なかった。」との謝罪があったので、ギター専門誌側には記
事や楽譜の寄稿を再開したものの、札幌市やその職員(現在コンサートホー
ルキタラ勤務)からは一切の謝罪はありません。NHKの文化教室(ギター
教室)の講師から手を引き、批判的な発言はなくなっているので、ま〜い
いか〜くらいには思っているのですが・・・。
 本題に戻します。学校のクラブ活動とはいいながら、指導する先生や支
援するPTAの姿勢は、クラブ活動の子供たちに反映されることを学校側は
重く受けとめるべきでしょう。
 “学校だより”は、お手軽に回覧板に挟み込むものではなく、もし学校
側が地域にお知らせしたいことがあるなら、校区全戸に戸配するべきもの
です。戸配の必要性が無いものは、回覧板に挟み込むことはするべきでは
ありません。なぜなら、回覧板の内容などすぐに忘れ去られるものであり、
生徒は同じものを家庭に持ち帰り、知らせたい行事は隣近所に伝えること
ができるからです。(続)
posted by 万年六糸坊 at 00:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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